取り戻した塩の自由

多くの生き物にとって欠かせない塩。

そう実感したのは、

海岸を散歩する馬と出会った時のこと。


海岸で草を食む馬


普段は山で暮らしている馬のさっちゃん。


ミネラル豊富だろう海辺の草に夢中で

人間のことなんて知らないふりです。

この前後で海水も飲んでいました。


多くの人は海辺の草を食べたり、

海水を直接飲んだりしないので、

塩という形に加工するわけですが。


日本では自由に塩を作れない時代が

明治に始まり、大正、昭和、平成まで、

約100年も続いたことを知っているでしょうか。


そんな制限があったとは知らず、とても驚き、

いざ博物館へ。


たばこと塩の博物館 入口


1905年に制定された塩専売制度。


国が塩の製造・販売を管理するので、

勝手に塩作りをしてはいけませんというもの。


目的は二つ。

日露戦争で必要となった資金調達のため

もう一つは塩を安価に安定供給するため


戦争が終わった後も、

二つ目の安価に安定供給することを目指し、

塩づくりの現場である塩田は、

効率重視で取捨選択されていきます。


というのも日本の気候条件では、

太陽や風など自然に任せた塩づくりは難しく、

海水を蒸発させるために燃料が必要。


コストがかかる点を懸念していたようです。


たばこと塩の博物館 イオン交換膜の模型


1966年からは更なる効率化のため、

イオン交換膜法が導入されていき、

同時に塩田はほとんど廃止される結果に。


これにより、工場内で天気に左右されず、

効率的に高濃度の塩水を作ることが出来ます。


食用の塩を安価に国民に届けるため、

も確かにあったのだと思いますが、


急速な工業化のために

塩を安く大量生産したかったことも

大きいのではないでしょうか。


財務省から発表されている

2020年に日本で消費された塩 784万トンの内訳

用途需要量(万トン)割り合
家庭用12.71.6%
食品用66.38.5%
家畜用7.40.9%
医薬用6.80.9%
融氷雪用70.59.0%
一般工業用15.82.0%
その他業務用0.90.1%
ソーダ工業用603.977.0%
合計784.5


8割近くが工業用で、家庭用と食品用は

合わせても10.1%に過ぎません。


ソーダ工業は、塩から

塩素やナトリウムの単体や化合物を作り

様々な製品に使えるようにする

化学工業の一つ。


塩はあらゆるものに使われていて

例を上げると切りがないですが、

身近なものをいくつか。


ナトリウムはガラス、アルミ、石鹸などの材料に。

また漂白剤や溶剤としても使われています。


塩素は匂いで覚えている通り、消毒用に。

塩化ビニルとして配管やケーブル、カード、

おもちゃ、合皮、ラップ、ボトル類にも使われます。


こうした工業製品の材料に使うことを考えれば

塩化ナトリウム含有量が高い塩。

つまり、イオン交換膜法で出来る

高純度な塩が高品質となります。


はたして

同じものを食用にしていいのだろうか。

伝統的な塩づくりを復活させたい。


そんな思いを持つ人たちが集まり、

自然塩復活運動が始まります。


伊豆大島の港


その運動が組織化されたのが、

1976年に伊豆大島で誕生した

「海の精」(当時は製塩研究所)。


塩づくりワークキャンプで実験を繰り返し、

国から特別な許可を得て、試験塩の製造を開始。


販売は出来ないため、

会員配布という自主流通を続けます。


それから約20年後の1997年、

国は、塩産業の合理化により、

安定供給や価格競争に目途がついたとして、

塩専売法をようやく廃止しました。


そんな当時の雰囲気を少しでも感じたくて

伊豆大島を訪れました。


塩の濃縮層


海の精を立ちあげた一人である阪本さん。


退職した後、ひょんなことから塩づくりを再開。

現在は後継者の方と、

オーシマオーシャンソルトという名前で

塩づくりを営んでいます。


今回は坂本さんの娘さんが案内して下さいました。


塩のドーム


まずは運んできた深層海水を、

特徴的なドームでシャワーのように噴射しながら、

太陽光と風の力で水分を飛ばし、

10%程度にまで濃縮させます。


塩のドーム

よく見ると天井部分は吹き抜けに。


台風被害で建て直すことになった際、

風の力が蒸発に良く効くことに気づき、

あえて空けておくようにしたと。


雨の日はあまり蒸発せず、

結局は晴れの日に行うので問題無いそう。


塩の濃縮層

沸騰して更に濃縮させます。


物質によって結晶化の速さが違うことを利用して、

まずは舌ざわりが悪くなる原因となる

カルシウムを減らします。


装置には、作業しやすく、安全性を高めるための、

様々な仕掛けがあります。


塩工場の窓

例えば、先ほどの濃縮槽付近の壁は、

風を通すためにパカッと開き、

まるで忍者屋敷のようです。


塩の平釜


こちらは平釜。

直火ではなく蒸気で温めるそう。


カルシウムの結晶は

少しベタっと平たい感じで先に落ち、

だんだんと塩の結晶になってくると、

キラキラとした華のようになると。


そう説明して下さっている様子が

とてもキラキラしていました


塩づくりの物語が絵本に

塩田の廃止から手作りの塩復活まで、

坂本さん一家や仲間たちの物語を

NPOの方が絵本にして下さったそう。


絵本を読んでもらうって、心温まりますね。

ちなみにこの本は非売品なので、

この場でしか読めません。


塩のテイスティング


塩のテイスティング。

通常時の海水でできたものと、

満月の日の海水で出来た塩。


満月の日の海水で作られた塩


なぜ満月かというと、

娘さんが自宅出産をした時の助産師さんが、

「満月と出産は関係があるような気がする。

 満月の日の海水で塩を作ってみたら。」

と言い残して帰っていったそう。


それを聞いたお父様が、

それは面白いとやってみたのがこの商品。


ともすると満月の何が関係しているの?

と立ち止まってしまいそうなところを、

面白そうだからやってみよう!と試してしまう。


やってみてダメなら新しいことを考え、

再チャレンジ。


そんな諦めない精神を持った人たちがいたお陰で、

また自由に塩づくりが出来るようになり、

消費者である私たちも

各地の塩を選べるようになったのだなと。


感謝しかありません。




参考

Oshima Ocean Salt ホームページ

海の精 ホームページ

塩事業センター掲載の塩専売史

たばこと塩の博物館

財務省ホームページ令和二年塩需給実績